舞台ザンビ観劇感想②〜チームの色を中心に〜

0.はじめに

ぼんやりしている間に舞台ザンビ千穐楽から1ヶ月が経ち、

その間に第二弾TVドラマ・第三弾ゲーム・第四弾新作舞台の制作が決定した。

2019年1月から始まるTVドラマを前に、忘れないうちに舞台ザンビを2公演観劇した感想を書き留めておきたいと思う。

※以下盛大なネタバレを含みます。

 

1.ストーリーについて

岡本健は『ゾンビ学』においてゾンビ・コンテンツの時間軸というものを定義している。私のようなゾンビ初心者でもこの時間軸を参考しながら見ると、舞台ザンビをわかりやすく捉えることができたので紹介したいと思う。

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ゾンビ・コンテンツの時間軸


まずゾンビが物語に登場するタイミングを起点としてその前段階と後段階に分けることができると岡本は言う。岡本は前段階を「日常」状態、後段階つまりゾンビが登場したり人に襲いかかったりする状態の期間を「ゾンビ・ハザード」と定義している。

この「ゾンビ・ハザード」には呪術などの方法でゾンビを人工的に増やしていくもの、感染によってゾンビ化が広がっていくもの、1体のゾンビが巻き起こす騒動などいくつかのパターンがある。

また、「ゾンビ・ハザード」状態の期間には大きな2つのポイントがある。

1つ目は「ゾンビ・アウトブレイク*1」だ。初めてゾンビが作品世界や主人公の周囲に発生する瞬間を示す用語だと岡本は定義する。

2つ目は「ゾンビ・パンデミック*2」である。この言葉はゾンビ・アウトブレイクの後、ゾンビ・ハザードの範囲が拡大したり被害が拡大したりする期間を指している。ゾンビ・パンデミックの最中にはゾンビと生者の間にやりとりが交わされるなどのプロセスを含む。

そしてその後ゾンビがいる状況が解消するか、ゾンビがいる状況から脱出するか、ゾンビがいる状況が「日常化」する段階を迎える。

 

それではこのゾンビ・コンテンツの時間軸を舞台ザンビに当てはめてみよう。なお、ここではゾンビ≒ザンビという風に扱う。(なぜ「ザンビ」という名称が用いられるのかについては「ザンビ」という言葉が示すもの - ナポリタンの日記を参照していただきたい。)

物語は鳴沢摩耶、一之瀬杏奈、桂雪穂、一色彩菜の4人が東京の避難所から特別避難所であるフリージア学園に連れてこられる場面から始まる。ザンビの感染は進んでおりフリージア学園もザンビ感染疑いがある者を収容する施設になっていた。さてゾンビ・コンテンツの時間軸に当てはめると、この物語ではすでにゾンビ・ハザードの期間に突入しているようである。途中回想シーンとして摩耶と杏奈が海で語らう場面がゾンビ・ハザードが始まる前段階である日常パートとして差し込まれるが、この物語のメインとなるのはゾンビ・ハザード期間の特にゾンビ・パンデミック状態のプロセスである。ゾンビ・アウトブレイクにあたる、ザンビの出現理由についてはこの舞台では明かされることがなかった。TVドラマ等での描写に期待しようと思う。

ゾンビ・パンデミック中はザンビ感染を疑われた人たちが謎の死を遂げ、その真相を杏奈たちが追うという話が展開される。舞台ザンビでは、ただ単にザンビ対生者を描くのではなく生者対生者のサスペンスやミステリーも組み込まれたストーリーとなっている。

そしてこの物語はザンビで溢れたフリージア学園への空爆で幕を閉じる。摩耶は杏奈の助けによりフリージア学園からの脱出を試み、杏奈は重傷のため学園から脱出できず空爆に巻き込まれる。摩耶が無事学園から脱出し船で逃れることができたかは明らかにされていないがフリージア学園からザンビがいる状況は解消されたし、杏奈においては死をもってザンビがいる状況から脱出できたので「日常化」の段階を迎えたといえよう。

 

 

 

 

 

2.各メンバーの感想

私は普段から定期的に舞台を観劇しているわけではなく、むしろ坂道グループの存在が観劇のきっかけを与えてくれたようなものである。したがって、役に演者個人の性格や面影を反映させた感想が思い浮かんでしまうのはアイドルである演者たちを普段から応援している身としては自然発生的なことである。しかし、こういった感想が生まれてしまうのは役者(=役になりきる者)である彼女たちに対していささか失礼なのではないかという気持ちにもなる。以下、各メンバーの感想では彼女たちがそれぞれ演じた役への感想と彼女たち自身への感想を同じ割合で述べていけたらと思う。

 

【TEAM"RED"】

与田祐希as鳴沢摩耶

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与田摩耶の印象は一本筋の通った正義感溢れる女の子。TEAM"RED"を最初に観劇したのだが、この時は杏奈よりも摩耶の方に主役としての比重が置かれているのだなあと思った。

疑問に思ったことは「どうして?」と聞ける。間違っていると思ったことには「間違っている!」と言える。歌声も伸びやかで裏表のないスッキリした人だなあ、という印象を抱いた。だからこそ摩耶が杏奈の姉を殺したという事実を知った時は素直にそうだったのか!と驚いてしまった。

(久保摩耶と比較して)

久保摩耶との違いを感じたのは杏奈の姉を殺した理由。久保摩耶に関しては後述するが、与田摩耶は親友と自分の命を守ることと、杏奈の姉を生かすという究極の二択の末に親友を守ることを選んだのではないかという印象を受けた。

また最後のシーン、学園内で空爆を待ちながら「海、いきたかったなあ」と呟く場面ではこのセリフを俯いて言っていた。本当に杏奈と一緒にいきたかったんだろうなあ…悲しいよね…と感情移入してしまうくらい素直な悲しさや悔しさが伺えた場面となっていた。

 

山下美月as一之瀬杏奈

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山下杏奈は記憶を失う前の快活な性格と記憶を失った後の怯えがちな性格をうまく対比させながら演じていたように思う。山下美月が杏奈の姉が殺される前後の演じ分けを180°真逆に演じきったからこそ、記憶を失う前はどちらかというと摩耶の手を引いて歩くような明るさと行動力を持っていたのだろうと想像できた。そして摩耶にとって姉が親友の手によって殺されてしまうという事実がどれだけのダメージであったかというところまで想像できたのだと思う。

また、山下美月は叫びというものを効果的に使えていたのではないかと思う。劇中、山下杏奈が悲鳴をあげるシーンが多く登場した。その中には悲鳴をあげ倒れた後回想シーンに移る場面もいくつかあった。山下美月はこの転換ポイントに叫びをうまく利用していたのではないだろうか。山下美月の叫びはパン!と手拍子を打ったように会場に響き渡り、暗転への良いつなぎとなっていた。6月・9月にあった乃木坂46版ミュージカル美少女戦士セーラームーンを始めとする舞台経験がしっかりと彼女の土台となって舞台ザンビで発揮されていたように思う。

 

土生瑞穂as桂雪穂

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とにかくスタイルが良い。高さと薄さのバランスが抜群で、ああこういう人が舞台映えする人なんだろうなあと思った。

土生雪穂は、学級委員長らしく正しさを重んじる中にも優しさを感じる印象を受けた。彩菜と「私たちって意外と人望なかったんだね」と自虐するシーンがあったが、実際土生雪穂には人望があったのだと思うし、学級委員長という役職も推薦で決まったのではないだろうかと想像できる程優しさで導くリーダータイプのように感じた。摩耶と杏奈がザンビ感染拡大の犯人だと疑われた時も自分なりに正しさと優しさの中で揺れ動いてその結果2人の側に付くという判断をしたのではないかと思わせてくれるような演技を土生瑞穂は見せてくれた。だからそんな土生雪穂までもザンビになってしまうこの世界の無情さがこの舞台における「救いはない」という一面をより鮮明に浮かび上がらせていた。

 

小林由依as一色彩菜

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小林彩菜はなんとなく器用そうな人物だなあという印象を受けた。何事もそつなくこなす副委員長タイプで雪穂とは委員長・副委員長の関係になってから仲良くなったのかなという感じ。小林彩菜が摩耶杏奈の側についたのは理論的に2人の話が通っていて信じられたからなのかもしれないと想像させるような落ち着いた演技を見せてくれた。

(守谷彩菜と比較して)

守谷彩菜との違いを感じたのは本庄先生に摩耶杏奈が閉じ込められたのを助け出すシーン。鍵がかかった倉庫の扉をヘアピンでカチャカチャッとして開けてしまうのだが、小林彩菜の場合、元々ピッキングの技術を習得していたのではないかという程スマートに解錠に成功していた。

話の都合上どうしても雪穂彩菜の2人の心情を描かれることが少なかったのが心残りである。特に小林由依はクールながらも確かな存在感を放っており、彼女が演じる一色彩菜をもっと見たいと思った。

 

・齋藤京子as本宮佳蓮

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良くも悪くも齋藤京子だなあという印象(全然悪くないです)。劇の中盤、摩耶たちがザンビ化を学園に持ち込んだのでは?と疑うシーンで佳蓮が「だから、わからないんです!わからないことが多すぎてなにもわからないんです!」と言う。このセリフ、齋藤京子本人が素で言っているのかと思うほど齋藤京子らしさに満ちていた。齋藤京子とWキャストを務めた柿崎芽実も同様のセリフを発していたが違和感を感じなかったので不思議でたまらなかった。

また、齋藤京子は舞台に立っていると154cmと小柄な身長をまったく感じさせない存在感を放っていた。よく通る声、状況に合わせた的確な体運びは見ている人の目を惹きつけただろう。今後も舞台で様々な役を演じる姿に期待したい。


 

小坂菜緒as飯野ゆかり

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 私がイメージしていた「ミッション系全寮制の女子校に通う後輩の女の子」はまさに小坂菜緒が体現してくれた。快活で自分の意志を持つ登場人物が多い中、飯野ゆかりという人物は消極的で流されやすいという貴重な役割を担うポジションにあったように思う。そんな役柄をよく表していたのが、終盤ゆかりがザンビから逃げ惑うシーンである。ゆかりは唯一神にすがったのだ。ミッション系の学園の生徒なのだから当然神に祈ることは日常的な行為であったはずだ。しかし自らザンビに立ち向かうことを諦めたゆかりが行き着いた祈りはもっと本質的な、超越した力を持つなにかに助けを求めるものであったように思う。小坂菜緒はそういった心からの祈りを、そしてその祈りすらも届かない無情さを「神様、助けて!助けて!助けて!」という短いセリフに込めていた。

 

 

【TEAM"BLUE"】

 ・久保史緒里as鳴沢摩耶

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観劇する前から「久保史緒里の演技がすごい」「頭ひとつ抜きん出ている」と話題だった久保史緒里。私自身彼女の演技を見るのは初めてだったのでそれなりの期待をして観劇に臨んだ。実際に久保史緒里の演技を見て、彼女は緩急ついた演技が上手な人なんだなあと感じた。前へ前へ出ようとする演技をするメンバーが多い中、久保史緒里は一歩引き舞台を俯瞰しながら動いているようだった。TEAM"RED"を観劇した際には、どちらかというと鳴沢摩耶が主人公に見えたがTEAM"BLUE"の場合は一之瀬杏奈の方が主人公に見えた。これは梅澤杏奈の隣に立ち、梅澤杏奈をサポートする形で話を展開していった久保史緒里の力が大きいだろう。

(与田摩耶と比較して)

与田摩耶との違いを感じたのは杏奈の姉を殺した理由。最善策をとして杏奈の姉を殺すことを選択したように見えた与田摩耶とは異なり、久保摩耶は摩耶自身の中に杏奈を守ることが絶対条件として存在していてそれを脅かす杏奈の姉を排除する目的で殺したような印象を受けた。久保摩耶は共通認識の正義というより自分の中の正義に従って行動しているようだった。これは自分の世界を持ちそれを大切にしている久保史緒里という人物像を反映している部分はあると思う。しかし久保史緒里自身が限りなく鳴沢摩耶という人物に近づき、演じられているということでもある。本業はアイドルだが、観客を魅了する実力が確かにあった。

また最後のシーン、学園内で空爆を待ちながら「海、いきたかったなあ」と呟く場面ではこのセリフを顔を上げ、空を仰ぐように言っていた。一緒にいけなかった悲しさを前面に押し出した与田摩耶とは異なり、こうなることはどこかでわかっていて既に吹っ切れたような印象を受けた。悲しい、悔しいけれど一番大切な杏奈を守るということはできたから悔いなく死ねる。そんな清々しささえ感じる演技だった。

 

 ・梅澤美波as一之瀬杏奈

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山下美月が演じる一之瀬杏奈を見た後にこれを梅澤美波はどのように演じるのだろうかと不安に思ったりもしたがまったくの杞憂だった。山下美月が叫びで杏奈の悲しみを演じるのに対して梅澤美波三点リーダ、つまり余韻で杏奈の悲しみを演じていた。梅澤美波の演技は声を張り上げることがあまりない、比較的静かなものであった。しかしその空中に消えていきそうな言葉尻はしっかりと杏奈の不安や戸惑いを表していた。

行方不明になった桐子を探すシーンではパニックになり1人グループから離れてしまう杏奈。何もないところに目線をやって怯える様子や「摩耶…!?摩耶…!?」と摩耶を求めるセリフまわしがとてもうまく、思わず早く誰か杏奈を助けてやってくれ!と手に汗握ってしまう程だった。

唯一心残りといえば梅澤美波がフェンシングの剣を振るう姿を見たかったということである。長身から繰り出される剣さばきはきっと華麗なものであっただろうし、見応えも充分だろう。梅澤美波と久保史緒里に関しては互いの役を交換しても遜色ないくらいの演技力であったように思う。

 

菅井友香as桂雪穂

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菅井雪穂は自ら学級委員長に立候補するような、リーダーに向いている自覚を持った人物である印象を受けた。彩菜と「私たちって意外と人望なかったんだね」と自虐するセリフは、後ろを見ずに突っ走ってきてしまった自分への怒りにも似た感情が含まれていたように思う。後輩や信頼する先生からの態度についても裏切りというよりは自分への失望だと感じ取っているような感じだった。みんなのお手本としてどのような行動をとるべきかを常に考えている菅井友香らしい学級委員長像だったように思う。

 

・守谷茜as一色彩菜

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守谷彩菜は雪穂とはもともと仲が良く雪穂が委員長に立候補したから副委員長になったのかなという感じ。小林彩菜が摩耶杏奈の側についたのは菅井雪穂がそちら側についたからなのかと想像させるような息ぴったりの演技を見せてくれた。

(小林彩菜と比較して)

守谷彩菜との違いを感じたのは本庄先生に摩耶杏奈が閉じ込められたのを助け出すシーン。スマートに解錠する小林彩菜とは異なり、私ならできる!やってみたらできた!というようなある意味力技で解錠したように見えた。きっと守谷茜自身のチャレンジ精神があるところが反映されていたシーンになっていたのではないだろうか。

 

 

柿崎芽実as本宮佳蓮

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ザンビ化する演技が一番うまかったのは柿崎芽実だったように思う。人間からザンビへ変貌する狭間の曖昧な、人間としての意識が薄れていく様子が非常にリアルだった。柿崎佳蓮がザンビ化する際に発する「私、なんか、変だ…」というセリフは、もう既に佳蓮が「変」になっていることを間の取り方で上手に表現していた。

本宮佳蓮という人物は、摩耶たちに疑いがかけられた途端に後輩でありながらも手のひらを返したように厳しくあたる嫌な奴というポジションである。しかし柿崎佳蓮がザンビ化する際には不思議とざまあみろ、という気持ちにはならない。それどころかザンビ化してしまうことにショックを受ける程である。嫌な役どころだがなぜか憎めないキャラに仕上がっているのはさすが"あざといキャラ"を確立している柿崎ならではのものである。

 

加藤史帆as飯野ゆかり

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 加藤ゆかりはその消極的で流されやすい性格ゆえに常に摩耶達の側につくか敵対するか揺れ動いていた。誰を信じれば良いのかわからない状況の中で加藤ゆかりはいつも誰かの顔色を伺っていたように思う。

摩耶と杏奈を別室に連れて行き鍵をかけるシーンでは、「鍵、かけさせてもらいますね!」と語気を強めて言う小坂ゆかりに対して、少し申し訳なさそうに優しく声をかけていたのが印象に残っている。何が本当に正しいのかわからないからマジョリティーに加担する。そんなゆかりの性格を引き立たせている場面、演技であった。

 

 

3.まとめ

とてつもない長文になってしまったが舞台ザンビの感想は以上 である。

今回の舞台はWキャストならではのキャラクターに対する解釈の違いが明確に見えたものであった。

2月から始まる新作舞台「ザンビ〜Theater's end〜」はトリプルキャストということで今回以上に各チームの色が濃く出るものになるだろう。楽しみである。

 

 

 

《参考文献》

岡本健 2017 『ゾンビ学』 人文書院

*1:免疫用語。ある期間のある場所において、通常想定されるよりも多くの患者発生があることを指す。

*2:免疫用語。アウトブレイクが国を超えて世界の複数の地域で発生している状態を指す。